2012年1月26日木曜日

流山市建白書

建白書 (校庭・公園の表土除去等について)

平成24年1月26日


流山市長 井崎義治 様
流山市議会議員の皆様
流山市教育委員の皆様
流山市環境部環境政策課 放射能対策室の皆様

日頃より流山市政にご尽力頂きありがとうございます。昨年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電事故の影響で、福島県内のみならず流山市を含む東葛地域にも著しい放射能汚染がもたらされたことはご存知の通りですが、大変残念なことです。放射能汚染に伴って市政の課題が増え、御多忙に拍車がかかっているところ恐縮ですが、放射能汚染について以下の方策を是非御検討下さいますようお願いいたします。
・市内の全学校の校庭(土壌面)の表土の除去
・市内の公園や運動場等で、特に土壌面の表土の除去(一部の施設からでも)
・給食等の、除染以外のソフト面も含めて、市民との対話によって対策を検討すること


放射能汚染の危険性


一部の専門家が「◯◯以下であれば健康に影響ない」という類のミスリードを繰り返しています。しかし、がんの発生確率は被曝量に比例し、しきい値(これ以下であれば影響がないという値)は存在しないのが科学的にも標準的な学説であり、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告や日本国の法令でもこれに基づいた放射線防護を行うことになっています。一般公衆の被曝限度(年間1mSv)も安全を保証する数値ではなく、対応するリスクが社会的に受容可能であるとの判断にすぎません。従って、被曝量は可能な限り低減する必要があります。流山市を含む東葛地域の多くの地点では、年間被曝線量が単純計算で一般公衆の被曝限度を超過する異常事態であり、相応の対策を取る必要があります。「事故後の緊急事態なので限度を超過しても気にしなくてよい」というような無責任な言説はICRP勧告にも完全に反しています。


昨年度結成された「東葛地区放射線量対策協議会」は、対策の遅れという大きな失敗を生みました。このことは、野田市や柏市の対策の現状を見れば明らかです。この失敗の主要な原因は、「専門家」の不適切な意見にミスリードされたことです。同じ失敗をくり返すべきではありません。なお、初期の対応の遅れの大きな原因として、「東京大学環境放射線情報」ウェブページにおける「健康に何ら問題はない」等の不適切な説明がありました。私達教員有志の要請により一部改善されましたが、東京大学の教員として、東京大学が行った地域社会に対する不適切な情報提供について深くお詫びします。現在に至るもその悪影響は残っているのかもしれませんが、もしそうであれば一刻も早く脱却して頂くようお願いいたします。


国の方針を待って従うべきか?


残念なことに、原発事故後の国の対策は極めて不十分であり、また至るところで後手に回ってきました。 これは、学校における放射線量の基準にまつわる迷走を見ても明らかです。文部科学省は当初、福島県内の学校で空間線量率が3.8μSv/時未満の場合は校庭での活動も制限する必要がないとの立場を取っていました。しかし、最近になって「放射線量が0.23μSv/時以上の区域を、除染実施計画を定める区域とする」方針が提示されています。3.8μSv/時という基準が法外なものであったことは明らかですが、現在の基準も決して十分なものではありません。地方自治の精神に則るならば、国の基準は最低限のものと考え、より住民側に立った対策を行い、また対策の不備を国に訴えていくべきだと考えます。実際、上でも触れたように、国も対策の不備を認めて次第に修正する傾向にありますので、早期から国の基準以上に市民の安全を確保する対応を行うことは、最終的にはコスト面でも効率的であると考えます。


表土の除去について


放射性物質を体内に取り込むことによる内部被曝には、外部被曝にも増して未解明な点も多く、健康への影響がより懸念されます。被曝への感受性の高い子どもに関しては、特に配慮が必要です。従って、特に校庭の汚染は看過できない問題です。内部被曝の防止については、日本の法令でも本来は配慮されており、表面汚染密度が4Bq/cm2(=40,000Bq/m2)を超えるおそれのある場所は放射線管理区域に指定する必要があります。事故10ヶ月後の現在、空間線量は主に地面の放射性セシウムによる汚染によってもたらされており、Cs-134とCs-137のベクレル比を0.8:1、自然放射線量を0.04μSv/時とすると、高さ1mの空間線量が約0.18μSv/時 以上の場所は表面汚染密度により放射線管理区域に相当します。被曝を管理された成人である放射線業務従事者を保護するための規定に当てはまる場所で、子どもたちが遊んで良い道理はなく、校庭の基準を定めるとすればこれよりも一段と低くあるべきです。9月29日発表の文部科学省航空機モニタリング結果によれば、流山市は全域でCs-134,Cs-137合算で30,000Bq/m2以上汚染されています。従って、全ての学校(保育園・幼稚園等を含む)の校庭(土壌面)で表土を除去することは最低限必要であると考えます。
柏市の実験(田中北小学校)では、校庭での放射線量が0.383μSv/時であったものが、表土の除去により0.054μSv/時(いずれも高さ5cm)と、ほぼ事故以前のレベルに低下しています。このことから、例えば0.2μSv/時といった基準を設け、それ以下の学校は除染しないことにしてしまうと、東葛地域では除染しない学校の方が放射線量が高いという逆転現象が起こってしまう可能性が高いことになります。これは公平性の観点からも問題であり、全ての学校での表土除去の必要性を示すものです。
土壌面では放射性物質は砂塵に付着しており、風などで舞い上がることにより内部被曝が懸念されます。また、風や雨水で移動することで濃縮スポットの形成の要因にもなります。土壌面の表土の除去をなるべく早急に行うことは、結局はコスト面でも効率的だと考えます。
コンクリートやアスファルトの舗装面については、既に放射性物質が舗装に固着していると考えられますが、土壌面の表土の除去の後で舗装面の表面の砂塵を洗浄することには効果が見込まれます。


公園や運動場等の除染について


学校と同様に除染(特に表土の除去)をすることが望ましいですが、利用者による選択が可能な施設では、全ての施設を一様に除染する必要は必ずしもありません。安心して利用できる「クールスポット」を(地理的な不公平がなるべく生じないように)順次形成するべきと考えます。


市民との対話について


放射能汚染対策は、除染に限らず、ソフト面の対策も非常に重要です。たとえば給食に含まれる放射性物質について懸念している市民は少なくありません。市のリソースが限られていることは誰もが認識しているはずですが、そうであるからこそ、計画段階から市民との対話・議論によって最も効率的な対策をつくりあげるべきだと考えます。危機に際して市の環境向上に貢献したいと思う市民は少なくないはずです。


以上、御検討のほどをどうかよろしくお願いいたします。


東京大学物性研究所 教授
押川正毅


筆者について:
1968年生まれ・東大理学部物理学科卒、東京大学博士(理学)。東大工学部物理工学科助手、カナダUBC博士研究員、東工大大学院理工学研究科助教授を経て2006年より現職。第七回久保亮五記念賞(2003年)、電子スピンサイエンス学会奨励賞(2005年)、日本学術振興会賞(2008年)。専門は物性理論・統計力学。


東日本大震災後は、放射能汚染問題および「専門家」による事態の過小評価について早期から警告を行なってきた。以下の発表等に関しては、資料へのリンクを含めた一覧を http://bit.ly/zZrQhq にまとめている。


2011.3.25公表「福島原発事故の危険性について」 では、当時の各都道府県一箇所のみの公式測定では見過ごされてしまう「放射能汚染ホットスポット」の可能性を警告、後に東葛地域がこれに実際に該当することが判明。また、「専門家」による事態の過小評価の論理の問題点を指摘。


2011.5.17公表「放射能汚染の危険性」 では、柏市周辺東葛地域での放射能汚染の典型的な値を、Cs-134/Cs-137それぞれ約40,000Bq/m2と推定。この推定は、その後の土壌検査や航空機モニタリングでも裏付けられた。また、Martin Tondel氏のスウェーデンでの疫学調査を紹介し比較した。


2011.5.13公表「核実験時代のフォールアウトと福島原発事故による各地の放射能汚染の比較」では、一部で広まった「1960年代の日本では大気中核実験のために、今回の事故よりもひどい放射能汚染があった」と言うデマの誤りを指摘した。


さらに、当初「東京大学環境放射線情報」ウェブページに掲載されていた「柏の放射線量が高いのは天然石や地質のため」「柏の放射線量では健康に何ら問題ない」等の不適切な説明に対し、東大教員有志として修正を要請した(世話人)。2011年6月13日および7月1日の二度の要請の後、同ページの記述は修正され、「健康に何ら問題ない」等の不適切な文言が撤回された。


出版物


岩波書店「科学」2011年9月号座談会 「原発事故後の”日本的対応”をよむ」
同誌 2012年3月号座談会 (出版予定)


講演


2011年9月18日 日本学術会議哲学委員会主催シンポジウム「原発災害をめぐる科学者の社会的責任―科学と科学を超えるもの」(東京大学)
2011年12月12日 ヒューマンライツ・ナウ/東京大学原発災害支援フォーラム共催 世界人権デー記念シンポジウム 「2011東日本大震災を受けて 福島原発事故後の人権を考える」(青山学院大学)
2012年1月8日 東日本大震災後の静岡を考える会主催 研究集会「東日本大震災のリスクコミュニケーション」(浜松アクトシティ研修センター)
2012年 1月14日 つながろう!柏 主催「わかる!きける!放射線測定講座 -土壌から食品まで-」オープニングトーク (京北ホール)
2012年 2月18日(予定)柏市・つながろう!柏 共催「民×公×学で挑む!オール柏の除染計画 ~ 安心へのロードマップ ~」
2012年 3月26日(予定) 日本物理学会 第67回年会 物理と社会シンポジウム「福島原発事故と物理学者の社会的責任」(関西学院大学)

0 件のコメント:

コメントを投稿