2012年8月12日日曜日

「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する意見(パブリックコメント)

締切ギリギリで書きはじめたため今ひとつまとまっていませんが、以下の意見を提出しました。(細かいところは提出版と異なるかもしれませんが、内容はだいたい同じはず。)



概要: 

原子力発電所が2030年に占める発電量の割合を議論する前に、全ての原子力発電所の運転を停止・凍結するべきである。

意見:

福島第一原子力発電所の事故により広大な地域が放射能に汚染され、それまでに流布された「日本の原発は安全である」という説は完全に崩壊した。どのような事業にもリスクやデメリットはあるが、事業者には損害を補償する責任がある。原子力発電は、民間企業の営利事業として行われていながら、いったん事故が起きると事業者にはその補償がカバーできず国家が介在する必要があることが明るみにでた。さらに、今回の事故では、国家の「支援」があっても十分な補償には程遠い現状である。少なくとも、一般公衆の被曝限度年間1mSvを超えた地域に関しては、除染あるいは避難・移住に関するコストは完全に補償される必要がある。また、原子力発電所の運転にあたっては、そのような補償を担保する保険等が必要である。それがない状態では、原子力発電所の運転は経済的な合理性を欠く。

電力需給に関しては、少なくとも短期的には原子力発電なしでもほぼ問題ないことが今夏の状況より明らかである。なお不足の懸念があれば、火力発電所を緊急に増設すればよい。化石燃料の枯渇あるいは価格高騰、また地球温暖化問題は中長期的課題であるが、これを理由に安全性や補償体制に不備のある発電方式を正当化することはできない。



原子力災害対策特別措置法施行令の一部改正(案)に対する意見 (パブリックコメント)

以下の意見募集の件
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060120713&Mode=0
締切時刻を勘違いしていたこともあって短文になりましたが、提出した意見は以下:



福島第一原子力発電所の事故では、千葉県東葛地域など、発電所から200km程度離れた首都圏でも法令上の放射線管理区域(表面汚染密度4万Bq/m^2以上)に該当する汚染を受けた。2011年3月25日に近藤駿介原子力委員長が「福島第1原子力発電所の不測事態シナリオの素描」として議論したように、気象条件等によっては更に大規模な汚染が生じた可能性もある。従って、少なくとも、要件は「実用発電用原子炉を設置する原子力事業所から 300km の区域の全部又 は一部をその区域に含むこと」とすべきである。

2012年4月9日月曜日

放射性物質汚染対処特措法施行規則改正案に対する意見(パブリックコメント)

まず、規則改正案の具体的な文言を示していない点で、意見募集期間の短さもあわせて、パブリックコメントの募集自体が不適切である。

内容面について述べると、放射性物質は集中して管理し拡散させないのが大原則であり、国の責任を放棄して事業者が「事業系一般廃棄物または産業廃棄物として、自ら処理することとする」のは言語道断である。現行の警戒区域等の中にも汚染が低い地域があることも事実であろうが、放射性物質の拡散の可能性はできるだけ抑えるべきであり、今回の改正案にはその観点からの配慮が全く見られない。現行の警戒区域等の規制を解除する場合は精密な実測に基づいて慎重に行うべきであり、今回の改正案のような拙速な姿勢は避けるべきである。そもそも、「再開された事業活動に伴い生ずる廃棄物を対策地域内廃棄物として国が処理を行った場合、汚染廃棄物対策地域外の事業者との競争上の不公平が生ずる」ことを喫緊の課題とする認識に大いに問題がある。放射性物質の拡散防止を最優先とし、今回の改正案は廃案として一から検討し直すべきである。

2012年2月4日土曜日

食品中の放射性物質に係る基準値の設定(パブリックコメント)

基準値の引き下げ自体は歓迎すべき方向ですが今回の案でも高すぎますし、現行の暫
定規制値の決定の経緯も含め根本的に考え方を転換して頂く必要があると考えます。
まず、放射線の健康影響について閾値の存在が確立していない以上、「暫定規制値に
適合している食品については、健康への影響はないと一般的に評価され、安全性は確
保されている」との認識がそもそも誤っています。事故の責任者である東京電力、お
よび国には放射能汚染を事故前の水準に回復する責任があることが、まずあらゆる議
論の出発点であるべきです。その上で、短期間での汚染の除去が不可能である現実を
踏まえて、どの程度のリスクを国民が受忍する必要があるか、が基準値制定の意味で
あるはずです。

基準値を高くすることは、消費者だけではなく、決して生産者の利益にもなりませ
ん。基準値が高い、あるいは不十分な規制体制は汚染地域(あるいは日本全体)にお
いて生産される食品に対する信頼を低下させ、市場価格も低下します。これは現に起
きていることです。全量検査が不可能である以上、設定した基準値を上回るおそれの
ある地域での生産自体を規制し、それに対する十分な補償を行うことが必要です。こ
の前提に立って、補償が可能な限り、基準値をできるだけ低く設定することが日本の
一次産業を守るためにも必要だと考えます。

2012年1月26日木曜日

流山市建白書

建白書 (校庭・公園の表土除去等について)

平成24年1月26日


流山市長 井崎義治 様
流山市議会議員の皆様
流山市教育委員の皆様
流山市環境部環境政策課 放射能対策室の皆様

日頃より流山市政にご尽力頂きありがとうございます。昨年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電事故の影響で、福島県内のみならず流山市を含む東葛地域にも著しい放射能汚染がもたらされたことはご存知の通りですが、大変残念なことです。放射能汚染に伴って市政の課題が増え、御多忙に拍車がかかっているところ恐縮ですが、放射能汚染について以下の方策を是非御検討下さいますようお願いいたします。
・市内の全学校の校庭(土壌面)の表土の除去
・市内の公園や運動場等で、特に土壌面の表土の除去(一部の施設からでも)
・給食等の、除染以外のソフト面も含めて、市民との対話によって対策を検討すること


放射能汚染の危険性


一部の専門家が「◯◯以下であれば健康に影響ない」という類のミスリードを繰り返しています。しかし、がんの発生確率は被曝量に比例し、しきい値(これ以下であれば影響がないという値)は存在しないのが科学的にも標準的な学説であり、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告や日本国の法令でもこれに基づいた放射線防護を行うことになっています。一般公衆の被曝限度(年間1mSv)も安全を保証する数値ではなく、対応するリスクが社会的に受容可能であるとの判断にすぎません。従って、被曝量は可能な限り低減する必要があります。流山市を含む東葛地域の多くの地点では、年間被曝線量が単純計算で一般公衆の被曝限度を超過する異常事態であり、相応の対策を取る必要があります。「事故後の緊急事態なので限度を超過しても気にしなくてよい」というような無責任な言説はICRP勧告にも完全に反しています。


昨年度結成された「東葛地区放射線量対策協議会」は、対策の遅れという大きな失敗を生みました。このことは、野田市や柏市の対策の現状を見れば明らかです。この失敗の主要な原因は、「専門家」の不適切な意見にミスリードされたことです。同じ失敗をくり返すべきではありません。なお、初期の対応の遅れの大きな原因として、「東京大学環境放射線情報」ウェブページにおける「健康に何ら問題はない」等の不適切な説明がありました。私達教員有志の要請により一部改善されましたが、東京大学の教員として、東京大学が行った地域社会に対する不適切な情報提供について深くお詫びします。現在に至るもその悪影響は残っているのかもしれませんが、もしそうであれば一刻も早く脱却して頂くようお願いいたします。


国の方針を待って従うべきか?


残念なことに、原発事故後の国の対策は極めて不十分であり、また至るところで後手に回ってきました。 これは、学校における放射線量の基準にまつわる迷走を見ても明らかです。文部科学省は当初、福島県内の学校で空間線量率が3.8μSv/時未満の場合は校庭での活動も制限する必要がないとの立場を取っていました。しかし、最近になって「放射線量が0.23μSv/時以上の区域を、除染実施計画を定める区域とする」方針が提示されています。3.8μSv/時という基準が法外なものであったことは明らかですが、現在の基準も決して十分なものではありません。地方自治の精神に則るならば、国の基準は最低限のものと考え、より住民側に立った対策を行い、また対策の不備を国に訴えていくべきだと考えます。実際、上でも触れたように、国も対策の不備を認めて次第に修正する傾向にありますので、早期から国の基準以上に市民の安全を確保する対応を行うことは、最終的にはコスト面でも効率的であると考えます。


表土の除去について


放射性物質を体内に取り込むことによる内部被曝には、外部被曝にも増して未解明な点も多く、健康への影響がより懸念されます。被曝への感受性の高い子どもに関しては、特に配慮が必要です。従って、特に校庭の汚染は看過できない問題です。内部被曝の防止については、日本の法令でも本来は配慮されており、表面汚染密度が4Bq/cm2(=40,000Bq/m2)を超えるおそれのある場所は放射線管理区域に指定する必要があります。事故10ヶ月後の現在、空間線量は主に地面の放射性セシウムによる汚染によってもたらされており、Cs-134とCs-137のベクレル比を0.8:1、自然放射線量を0.04μSv/時とすると、高さ1mの空間線量が約0.18μSv/時 以上の場所は表面汚染密度により放射線管理区域に相当します。被曝を管理された成人である放射線業務従事者を保護するための規定に当てはまる場所で、子どもたちが遊んで良い道理はなく、校庭の基準を定めるとすればこれよりも一段と低くあるべきです。9月29日発表の文部科学省航空機モニタリング結果によれば、流山市は全域でCs-134,Cs-137合算で30,000Bq/m2以上汚染されています。従って、全ての学校(保育園・幼稚園等を含む)の校庭(土壌面)で表土を除去することは最低限必要であると考えます。
柏市の実験(田中北小学校)では、校庭での放射線量が0.383μSv/時であったものが、表土の除去により0.054μSv/時(いずれも高さ5cm)と、ほぼ事故以前のレベルに低下しています。このことから、例えば0.2μSv/時といった基準を設け、それ以下の学校は除染しないことにしてしまうと、東葛地域では除染しない学校の方が放射線量が高いという逆転現象が起こってしまう可能性が高いことになります。これは公平性の観点からも問題であり、全ての学校での表土除去の必要性を示すものです。
土壌面では放射性物質は砂塵に付着しており、風などで舞い上がることにより内部被曝が懸念されます。また、風や雨水で移動することで濃縮スポットの形成の要因にもなります。土壌面の表土の除去をなるべく早急に行うことは、結局はコスト面でも効率的だと考えます。
コンクリートやアスファルトの舗装面については、既に放射性物質が舗装に固着していると考えられますが、土壌面の表土の除去の後で舗装面の表面の砂塵を洗浄することには効果が見込まれます。


公園や運動場等の除染について


学校と同様に除染(特に表土の除去)をすることが望ましいですが、利用者による選択が可能な施設では、全ての施設を一様に除染する必要は必ずしもありません。安心して利用できる「クールスポット」を(地理的な不公平がなるべく生じないように)順次形成するべきと考えます。


市民との対話について


放射能汚染対策は、除染に限らず、ソフト面の対策も非常に重要です。たとえば給食に含まれる放射性物質について懸念している市民は少なくありません。市のリソースが限られていることは誰もが認識しているはずですが、そうであるからこそ、計画段階から市民との対話・議論によって最も効率的な対策をつくりあげるべきだと考えます。危機に際して市の環境向上に貢献したいと思う市民は少なくないはずです。


以上、御検討のほどをどうかよろしくお願いいたします。


東京大学物性研究所 教授
押川正毅


筆者について:
1968年生まれ・東大理学部物理学科卒、東京大学博士(理学)。東大工学部物理工学科助手、カナダUBC博士研究員、東工大大学院理工学研究科助教授を経て2006年より現職。第七回久保亮五記念賞(2003年)、電子スピンサイエンス学会奨励賞(2005年)、日本学術振興会賞(2008年)。専門は物性理論・統計力学。


東日本大震災後は、放射能汚染問題および「専門家」による事態の過小評価について早期から警告を行なってきた。以下の発表等に関しては、資料へのリンクを含めた一覧を http://bit.ly/zZrQhq にまとめている。


2011.3.25公表「福島原発事故の危険性について」 では、当時の各都道府県一箇所のみの公式測定では見過ごされてしまう「放射能汚染ホットスポット」の可能性を警告、後に東葛地域がこれに実際に該当することが判明。また、「専門家」による事態の過小評価の論理の問題点を指摘。


2011.5.17公表「放射能汚染の危険性」 では、柏市周辺東葛地域での放射能汚染の典型的な値を、Cs-134/Cs-137それぞれ約40,000Bq/m2と推定。この推定は、その後の土壌検査や航空機モニタリングでも裏付けられた。また、Martin Tondel氏のスウェーデンでの疫学調査を紹介し比較した。


2011.5.13公表「核実験時代のフォールアウトと福島原発事故による各地の放射能汚染の比較」では、一部で広まった「1960年代の日本では大気中核実験のために、今回の事故よりもひどい放射能汚染があった」と言うデマの誤りを指摘した。


さらに、当初「東京大学環境放射線情報」ウェブページに掲載されていた「柏の放射線量が高いのは天然石や地質のため」「柏の放射線量では健康に何ら問題ない」等の不適切な説明に対し、東大教員有志として修正を要請した(世話人)。2011年6月13日および7月1日の二度の要請の後、同ページの記述は修正され、「健康に何ら問題ない」等の不適切な文言が撤回された。


出版物


岩波書店「科学」2011年9月号座談会 「原発事故後の”日本的対応”をよむ」
同誌 2012年3月号座談会 (出版予定)


講演


2011年9月18日 日本学術会議哲学委員会主催シンポジウム「原発災害をめぐる科学者の社会的責任―科学と科学を超えるもの」(東京大学)
2011年12月12日 ヒューマンライツ・ナウ/東京大学原発災害支援フォーラム共催 世界人権デー記念シンポジウム 「2011東日本大震災を受けて 福島原発事故後の人権を考える」(青山学院大学)
2012年1月8日 東日本大震災後の静岡を考える会主催 研究集会「東日本大震災のリスクコミュニケーション」(浜松アクトシティ研修センター)
2012年 1月14日 つながろう!柏 主催「わかる!きける!放射線測定講座 -土壌から食品まで-」オープニングトーク (京北ホール)
2012年 2月18日(予定)柏市・つながろう!柏 共催「民×公×学で挑む!オール柏の除染計画 ~ 安心へのロードマップ ~」
2012年 3月26日(予定) 日本物理学会 第67回年会 物理と社会シンポジウム「福島原発事故と物理学者の社会的責任」(関西学院大学)

原発事故・放射能問題に関する主な発表一覧

ブログではなくて別の場所でまとめるべきかもしれませんが、とりあえずまとめ。

Web上の文書など


福島原発事故の危険性について http://bit.ly/hPeUyF (2011.3.25公表)

当時の各都道府県一箇所のみの公式測定では見過ごされてしまう「放射能汚染ホットスポット」の可能性を警告、後に東葛地域がこれに実際に該当することが判明。また、「専門家」による事態の過小評価の論理の問題点を指摘。
放射能汚染の危険性(メモ) http://bit.ly/kkLXul (2011.5.17 公表)
柏市周辺東葛地域での放射能汚染の典型的な値を、Cs-134/Cs-137それぞれ約40,000Bq/m2と推定。この推定は、その後の土壌検査や航空機モニタリングでも裏付けられた。また、Martin Tondel氏のスウェーデンでの疫学調査を紹介し比較した。
核実験時代のフォールアウトと福島原発事故による各地の放射能汚染の比較 http://twitpic.com/4wy6hm (2011.5.13 公表)
一部で広まった「1960年代の日本では大気中核実験のために、今回の事故よりもひどい放射能汚染があった」と言うデマの誤りを指摘した。
「東京大学環境放射線情報」を問う東大教員有志(世話人) https://sites.google.com/site/utokyoradiation/ (2011.6.13第一回要請 2011.7.1 第二回要請)
「東京大学環境放射線情報」に当初掲載されていた「柏での放射線量が高いのは天然石や地質の影響」「(柏の放射線量では)健康に何ら問題はない」等の説明の問題点を指摘し、修正を要請した。(「健康に何ら問題はない」等は、第一回の要請の翌日に消滅)

出版物等

岩波書店「科学」2011年9月号 座談会「原発事故後の”日本的対応”をよむ」(藤垣裕子氏・牧野淳一郎氏と)
岩波書店「科学」2012年3月号 座談会 (出版予定)


講演

2011年9月18日 日本学術会議哲学委員会 原発災害シンポジウム (東京大学法文2号館)
押川講演スライド http://www.slideshare.net/MasakiOshikawa/20110918-10628482
Togetterまとめ 各種
http://togetter.com/li/189530
http://togetter.com/li/189554
http://togetter.com/li/192758
2011年12月12日 ヒューマンライツ・ナウ/東京大学原発災害支援フォーラム共催 シンポジウム (青山学院大学)
押川講演スライド http://www.slideshare.net/MasakiOshikawa/20111212-hrntgf
2012年1月8日 研究集会「東日本大震災のリスクコミュニケーション」(浜松アクトシティ研修センター)
中継録画 http://www.ustream.tv/recorded/19633912
押川講演スライド http://www.slideshare.net/MasakiOshikawa/20120108-10933615 
togetterまとめ http://togetter.com/li/239058
2012年 1月14日 「わかる!きける!放射線測定講座 -土壌から食品まで-」オープニングトーク (京北ホール)
録画 
http://www.youtube.com/watch?v=dKaspibrsf4 
http://www.youtube.com/watch?v=7oF2i26ABKM
押川講演スライド http://www.slideshare.net/MasakiOshikawa/20120114
2012年 2月18日(予定)柏市/つながろう!柏 共催「民×公×学で挑む!オール柏の除染計画 ~ 安心へのロードマップ ~」 (さわやかちば県民プラザ)
柏市の記録ページ(録画・スライドへのリンク有り)
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080800/p010793.html
押川講演スライド(on slideshare) http://www.slideshare.net/MasakiOshikawa/v2-11657392

2012年 3月26日(予定) 日本物理学会 第67回年会 物理と社会シンポジウム「福島原発事故と物理学者の社会的責任」(関西学院大学)



パブリックコメント・提言等







2012年1月18日水曜日

ポスドク問題についてのコメント

円城塔さんが芥川賞を受賞された。円城氏による、高等教育・研究に携わる人間は必読の文書「ポスドクからポストポスドクへ」を思い出したので、ポスドク問題に関連して以前文部科学省に提出した意見をここに掲載する。(一時、政府のウェブサイトで私や他の方々の意見が公開されていたと思うが、現在は確認できない。)

以下は、2009年末の時点で、「事業仕分け」によってポスドク等若手研究者支援の予算の削減が提案される一方、若手・女性等を対象とした巨額の新プログラムが浮上していた時期のものである。必ずしもその後の実情と合っていない部分もあるが、そのまま再掲する。なお、太字部分は今回掲載時の修飾であり、提出時には存在しなかった。




平成21年12月24日


文部科学省研究振興局振興企画課 御中

研究振興に日頃よりご尽力頂きありがとうございます。先日、
「最先端研究開発プログラムの新たな支援制度」等に関する意見提出のお願いについて
を頂きましたので、私としての意見を述べさせて頂きます。

よろしくお願いいたします。


東京大学物性研究所 教授
元ポスドク (カナダ ブリティッシュ・コロンビア大学 Killam Post-Doctoral Fellow)


押川正毅



「1. 若手・女性等を対象とした新たな支援策について」自体は、詳細は別にして概ね結構なこととは思います。しかし、他の政策との整合性には疑問が多いので、その点も含め「2.今後の学術及び科学技術の振興方策全般について」意見を述べます。

まず問題であると思うことは、諸々の政策に継続性・一貫性が欠けていることです。以前からその傾向はありましたが、最近の「事業仕分け」「補正予 算」によってますます問題が深刻になることを恐れています。たとえば、グローバルCOEプログラムも、その予算の多くはRAやPD、特任教員の雇用などを 通じて「若手支援」に費やされています。グローバルCOEプログラムや学振特別研究員などの予算は「事業仕分け」によって縮減と判定されました。「国家財政が厳しい状況なので科学技術予算も削減する必要がある」と言う主張はあり得るかもしれませんが、仮にこれらの予算が実際に縮減され、一方で補正予算のた めに突然新しい巨額のプログラムが開始されるとすれば矛盾しています。(さらに、文科省の範疇を外れますが、財政状況を理由に国内の科学技術や文化などの 予算を削減する一方で、政府が海外に巨額の財政的支援を次々に約束するなどのことも、理解に苦しみます。)


「若手育成・支援」とされる政策は他にも多数ありますが、残念ながら、これらによって実際に若手研究者が満足できる状況にはなっていないのはご存知の通り です。これには様々な理由があるでしょうが、研究者の育成に関して全体的な視野からの考察が欠如しており、断片的な政策の乱立に留まっていることは深刻な 問題です。もちろん、これは、我々大学人にも大きな責任があり、政府に文句を言うだけで済むものではありませんが、機会を与えて頂いたので一言申し上げる 次第です。現在最も喫緊の課題となっているのは、やはり、いわゆるポスドク問題(任期制特任教員の問題を含む)でしょう。


ポスドク問題に関しては、まず、具体的な政策以前の大前提として、大学院生やポスドクの方々が誇りを持って研究に取り組むことができることがまず必要で す。昨今、ポスドク問題が社会的にも注目されマスメディアでも報道されるようになっています。それ自体は必要なことでしょうが、「ポスドク=仕事にあぶれ た人間」と言った、本来の趣旨を大きく逸脱した、研究者に対する侮辱とも言える見方が広がっているのは大きな問題です。ポスドク制度には、本来、若手研究者に「武者修行」の機会を与えるとともに、若手研究者が新しいアイデアを持ち込むことによって研究を活性化すると言う積極的な趣旨があったのではないで しょうか?もちろん理念だけでポスドク問題が解決するわけではありませんが、一方で理念も重要であり、何よりも、真摯に研究に取り組むポスドクや大学院生 などの若手研究者に対する敬意が無ければ研究者の育成などができるはずもありません。就職状況の厳しさなどは承知の上で研究に情熱を傾ける若手研究者は多 いですが、その上に社会から侮辱まで受けるようでは積極的に研究に取り組もうと言うモチベーションも失われてしまうでしょう。先日の「事業仕分け」では、 予算の問題以上に、「ポスドクは生活保護のようなもの」「理科教育支援に、研究に忙しい大学院生を派遣するくらいなら、ポスドクを派遣すれば良いじゃない か」のような暴言があり、それに対して文科省からも的確な反論が無かったと言うことが何よりも問題であると考えます。


さらに、ポスドクの就職支援事業についても、「事業仕分け」での、「なぜ博士号取得者だけ国費で保護するのか」と言う発言に対して、理念や意義を明確に訴える反論が文科省側から無かったのは極めて残念です。企業が博士号取得者を採用することが少ないと言うことは、もちろん大学側にも反省点はあるにせよ、日本企業にはアカデミズムが活かされる土壌がないことが多く、そのことによって先進的な技術開発に遅れを取ることがあると言う点もあるのではないでしょうか?たとえば、Googleの成功は検索技術の革新によるものですが、そのベースになったのは確率過程の理論に基づく、検索の学術的な研究です。アカデミックなバックグラウンドを持つ人材を活用することによって、企業における技術開発の活性化も期待できます。企業の慣行的な採用に任せるだけでは企業の土壌もなかなか変わらないでしょうから、国がイニシアチブを取るということには大きな意義があると考えます。現行のプログラムが実際にどの程度機能しているかは別にしても、少なくとも、単なる「失業対策」を超えた意義を訴えられないようでは後ろ向きな評価しか得られないのではないでしょうか。


一方で、ポスドク問題については、全体的状況の定量的な検討が欠かせないものと考えます。ポスドクの数などの現況調査はなされているようですが、今後のシ ミュレーションとそれに基づく政策立案も必要でしょう。たとえば、博士課程修了者の何割程度が、たとえば最終的にアカデミックポジションに就くことになる のか。もしポスドクの就職が最終的に自己責任であるとしても、正確な情報を与えずにリスクだけ負わせるのはフェアではありません。仮にポスドクの数が多す ぎるとしても、学振特別研究員の枠を削れば問題が解決するわけではありません。今回の補正予算などによる大型の研究プロジェクトには、それに付随したポス ドクのポジションが発生します。逆に、現状で大型プロジェクトを推進するには、ポスドクが戦力として必要でもあるのです。大学院修了者がポスドクとなり、 ポスドクを何年か経るとパーマネントポジションに就ける、というシステムがポスト数のバランスから明らかに破綻しているとすれば、それを踏まえた制度設計 が求められます。パーマネントなPI(Principal Investigator)相当のポストの増加による解決が難しい場合、別の方策も考えるべきでしょう。たとえば、PIの元で研究の戦力となるべき研究員 は「若手」に限らないこととし、一般的な定年相当の年齢まで安定した生活を続けることを可能にするなどのことも必要かもしれません。もちろん、研究の活力 を維持するには競争や世代交代も重要ですが、多くの研究者の人生を理不尽に犠牲にするような構造になってしまうと、長期的には優秀な人材を研究者として獲 得することが困難になります(すでになりつつあるかもしれませんが)。研究システムにも持続可能性が大切だと考えます。

以上