以下は、2009年末の時点で、「事業仕分け」によってポスドク等若手研究者支援の予算の削減が提案される一方、若手・女性等を対象とした巨額の新プログラムが浮上していた時期のものである。必ずしもその後の実情と合っていない部分もあるが、そのまま再掲する。なお、太字部分は今回掲載時の修飾であり、提出時には存在しなかった。
平成21年12月24日
文部科学省研究振興局振興企画課 御中
研究振興に日頃よりご尽力頂きありがとうございます。先日、
「最先端研究開発プログラムの新たな支援制度」等に関する意見提出のお願いについて
を頂きましたので、私としての意見を述べさせて頂きます。
よろしくお願いいたします。
東京大学物性研究所 教授
元ポスドク (カナダ ブリティッシュ・コロンビア大学 Killam Post-Doctoral Fellow)
押川正毅
「1. 若手・女性等を対象とした新たな支援策について」自体は、詳細は別にして概ね結構なこととは思います。しかし、他の政策との整合性には疑問が多いので、その点も含め「2.今後の学術及び科学技術の振興方策全般について」意見を述べます。
まず問題であると思うことは、諸々の政策に継続性・一貫性が欠けていることです。以前からその傾向はありましたが、最近の「事業仕分け」「補正予 算」によってますます問題が深刻になることを恐れています。たとえば、グローバルCOEプログラムも、その予算の多くはRAやPD、特任教員の雇用などを 通じて「若手支援」に費やされています。グローバルCOEプログラムや学振特別研究員などの予算は「事業仕分け」によって縮減と判定されました。「国家財政が厳しい状況なので科学技術予算も削減する必要がある」と言う主張はあり得るかもしれませんが、仮にこれらの予算が実際に縮減され、一方で補正予算のた めに突然新しい巨額のプログラムが開始されるとすれば矛盾しています。(さらに、文科省の範疇を外れますが、財政状況を理由に国内の科学技術や文化などの 予算を削減する一方で、政府が海外に巨額の財政的支援を次々に約束するなどのことも、理解に苦しみます。)
「若手育成・支援」とされる政策は他にも多数ありますが、残念ながら、これらによって実際に若手研究者が満足できる状況にはなっていないのはご存知の通り です。これには様々な理由があるでしょうが、研究者の育成に関して全体的な視野からの考察が欠如しており、断片的な政策の乱立に留まっていることは深刻な 問題です。もちろん、これは、我々大学人にも大きな責任があり、政府に文句を言うだけで済むものではありませんが、機会を与えて頂いたので一言申し上げる 次第です。現在最も喫緊の課題となっているのは、やはり、いわゆるポスドク問題(任期制特任教員の問題を含む)でしょう。
ポスドク問題に関しては、まず、具体的な政策以前の大前提として、大学院生やポスドクの方々が誇りを持って研究に取り組むことができることがまず必要で す。昨今、ポスドク問題が社会的にも注目されマスメディアでも報道されるようになっています。それ自体は必要なことでしょうが、「ポスドク=仕事にあぶれ た人間」と言った、本来の趣旨を大きく逸脱した、研究者に対する侮辱とも言える見方が広がっているのは大きな問題です。ポスドク制度には、本来、若手研究者に「武者修行」の機会を与えるとともに、若手研究者が新しいアイデアを持ち込むことによって研究を活性化すると言う積極的な趣旨があったのではないで しょうか?もちろん理念だけでポスドク問題が解決するわけではありませんが、一方で理念も重要であり、何よりも、真摯に研究に取り組むポスドクや大学院生 などの若手研究者に対する敬意が無ければ研究者の育成などができるはずもありません。就職状況の厳しさなどは承知の上で研究に情熱を傾ける若手研究者は多 いですが、その上に社会から侮辱まで受けるようでは積極的に研究に取り組もうと言うモチベーションも失われてしまうでしょう。先日の「事業仕分け」では、 予算の問題以上に、「ポスドクは生活保護のようなもの」「理科教育支援に、研究に忙しい大学院生を派遣するくらいなら、ポスドクを派遣すれば良いじゃない か」のような暴言があり、それに対して文科省からも的確な反論が無かったと言うことが何よりも問題であると考えます。
さらに、ポスドクの就職支援事業についても、「事業仕分け」での、「なぜ博士号取得者だけ国費で保護するのか」と言う発言に対して、理念や意義を明確に訴える反論が文科省側から無かったのは極めて残念です。企業が博士号取得者を採用することが少ないと言うことは、もちろん大学側にも反省点はあるにせよ、日本企業にはアカデミズムが活かされる土壌がないことが多く、そのことによって先進的な技術開発に遅れを取ることがあると言う点もあるのではないでしょうか?たとえば、Googleの成功は検索技術の革新によるものですが、そのベースになったのは確率過程の理論に基づく、検索の学術的な研究です。アカデミックなバックグラウンドを持つ人材を活用することによって、企業における技術開発の活性化も期待できます。企業の慣行的な採用に任せるだけでは企業の土壌もなかなか変わらないでしょうから、国がイニシアチブを取るということには大きな意義があると考えます。現行のプログラムが実際にどの程度機能しているかは別にしても、少なくとも、単なる「失業対策」を超えた意義を訴えられないようでは後ろ向きな評価しか得られないのではないでしょうか。
一方で、ポスドク問題については、全体的状況の定量的な検討が欠かせないものと考えます。ポスドクの数などの現況調査はなされているようですが、今後のシ ミュレーションとそれに基づく政策立案も必要でしょう。たとえば、博士課程修了者の何割程度が、たとえば最終的にアカデミックポジションに就くことになる のか。もしポスドクの就職が最終的に自己責任であるとしても、正確な情報を与えずにリスクだけ負わせるのはフェアではありません。仮にポスドクの数が多す ぎるとしても、学振特別研究員の枠を削れば問題が解決するわけではありません。今回の補正予算などによる大型の研究プロジェクトには、それに付随したポス ドクのポジションが発生します。逆に、現状で大型プロジェクトを推進するには、ポスドクが戦力として必要でもあるのです。大学院修了者がポスドクとなり、 ポスドクを何年か経るとパーマネントポジションに就ける、というシステムがポスト数のバランスから明らかに破綻しているとすれば、それを踏まえた制度設計 が求められます。パーマネントなPI(Principal Investigator)相当のポストの増加による解決が難しい場合、別の方策も考えるべきでしょう。たとえば、PIの元で研究の戦力となるべき研究員 は「若手」に限らないこととし、一般的な定年相当の年齢まで安定した生活を続けることを可能にするなどのことも必要かもしれません。もちろん、研究の活力 を維持するには競争や世代交代も重要ですが、多くの研究者の人生を理不尽に犠牲にするような構造になってしまうと、長期的には優秀な人材を研究者として獲 得することが困難になります(すでになりつつあるかもしれませんが)。研究システムにも持続可能性が大切だと考えます。
以上
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