2011年12月11日日曜日

柏市の除染実施計画(第一版) パブリックコメント

柏市の除染実施計画(第一版)(案)について、柏市がパブリックコメントを募集していたので、私の意見を提出しました。その内容を以下に転載します。(太字・色等はブログ用に加工してあります。)

参考:
11/21・11/23 対話集会 配布資料 http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/080800/p009945.html
(パブリックコメント用の案は上記資料から改定されていましたが、基本は同じです。)

11/23 対話集会の記録  http://togetter.com/li/218205




柏市の除染実施計画(第一版)(案) について(パブリックコメント)

2011年12月8日
東京大学物性研究所 押川正毅

まず、柏市として放射能汚染対策に前向きな方向を示した点で、本計画案は画期的と考えます。厳しい財政事情の中で、少なからぬ予算措置もお示し頂いたことは市の決意の表れでもあり、学術研究に携わる者としても、また柏市民としても、深く感謝致します。機会を頂きましたので、僭越ながらパブリックコメントとして意見を申し上げます。なお、以下では、除染実施計画(第一版)(案)を計画案と略記します。

1. 除染の最終目標 に関して

計画案でALARA(合理的に達成可能な限り被曝を低減する)原則に言及しているのは(当然のことではありますが)素晴らしいことです。子どもの良く利用する施設はもちろんですが、市内全域にわたってALARA原則に従って被曝の低減を図るべきであり、「基準値以下なので対処の必要がないと言う類の判断を安易に行わない」ことを徹底するべきです。

一方、0.23μSv/h を除染の「最終目標」とすることは不適切です。計画案でも認めている通り、これは内部被曝を考慮せず被曝線量が年間1ミリシーベルト以下という基準から算出されたものです。最終目標としては、最低限でも、ICRP勧告に沿って事故由来放射性物質による外部被曝と内部被曝の合算で1ミリシーベルト以下とするべきです。
0.23μSv/hという値は決して十分でないことは以下のことからもわかります。

i) 0.23μSv/hは、屋内での生活時間に関して家屋による遮蔽を考慮して算出されています。しかし、本来は、一般公衆の生活圏となる事業所境界等での線量評価は、原則として1日24時間その場所にいるものとして計算されていました。今回の家屋による遮蔽の考慮は、本来の基準を甘くするものです。

「計算に用いる時間数は、時間数を定めて許可を受ける場合はその時間数とし、それを定めずに許可を受ける場合は3月間当たりの時間数を2184時間とする。」
(平成12年10月23日 科学技術庁原子力安全局放射線安全課長
国際放射線防護委員会の勧告(ICRP Pub. 60 )の取り入れ等による放射線障害防止法関係法令の改正について(通知) 別添2 改正に関する留意点等)

ii) 現在、空気中線量に主に寄与しているのは原発事故由来のCs-134・Cs-137であり、これらのベクレル比はほぼ1:1です。IAEA資料に基づいて換算すると、自然バックグラウンドを0.05μSv/hとすれば、高さ1mでの空気中線量が0.2μSv/hで汚染密度がCs-134・Cs-137合算で4万Bq/m2に達し放射線管理区域に該当します。従って、除染目標値の0.23μSv/hでは放射線管理区域に相当し、本来はその地点での飲食や子どもの活動はできないはずです。管理下にある職業被曝と、子どもが生活する環境では、本来、後者の方が厳しい基準を設定すべきであることは言うまでもありません。

現に0.23μSv/hを超える地点が市内に広がっている現状では、除染の当座の目標値として0.23μSv/hを設定することは適当と考えます。しかしながら、「最終目標」には決してふさわしくありません。

2. 除染の推進主体 について

市民とともに除染を推進していくという姿勢はICRP勧告の精神とも合致しており、素晴らしいことと考えます。ただし、市民の自発的な協力を活かす体制は大変結構ですが、市民も放射能汚染の被害者であり、 市民に協力が押し付けられることがないように常に留意して頂きたいと思います。

3. 除染対象の区分 について

おおむね適切と考えますが、公園等の除染について以下のように提案致します。

学校の場合、各校に児童が通っているので、最優先、かつなるべく一律に除染することが望ましいことは言うまでもありません。一方、公園やスポーツ施設などの場合、利用場所は各家庭の裁量である程度決められます。従って、公園等については、全ての箇所の除染を一律に進めるよりも、徹底的な除染を行なって安心して利用できる「クールスポット」の形成を順次行なっていく方が望ましいと考えます。もちろん、地理的な不公平を最小限にするため、市内地域間のバランスには配慮する必要があります。
クールスポットの形成によって、被曝量の低減と、利用者の安心の両方がメリットとして得られると考えます。

4. 除染方針 について

概ね適切と考えます。

5. 除去土壌等の処分方針について

当座の方針としては適切であると考えます。

6. 除染後の空間放射量率のモニタリングについて

非常に重要な事項であり、計画に含めて頂いたことに感謝致します。放射性物質の再飛散や流動については科学的にも不明な点が多く、学術的な研究とも関連させつつ注意深く状況をモニターする必要があります。その結果に基づいて、除染の効果を上げる、もしくは維持する、ために除染計画を見直すべきと考えます。現時点で心配されることとして、例えば計画案では森林・緑地は当面計測のみに留めることになっています。そのこと自体は優先順位として止むを得ないかもしれませんが、優先して除染すべき学校が森林等に隣接する場合、学校のみ除染しても隣地の影響で効果がなくなってしまう可能性もあります。(そうなると言う断定でなく、あくまでも可能性の議論です。)このような場合、隣地の除染または学校の移転が必要になるかもしれません。

7. 除染結果等の公表 について

非常に重要な点ですので、よろしくお願い致します。

その他について

上に述べたように、本計画案は柏市における重要な一歩であり、市長をはじめ関係者の方々のご努力とご決断に篤く御礼申し上げます。一方で、計画案中でも、国の設定する基準に従うことが原則となっているように見受けられます。もちろん、行政機関として国の法令には従う必要がありますが、市民の生活環境の向上にあたっては国の基準に縛られる必要は必ずしも無いはずです。是非、柏の実情に合わせて、国の基準よりも更に市民の生活に配慮した「柏基準」をお考え頂けるようお願いいたします。そうすることこそが、地方自治ではないでしょうか。

このような提案をする理由はもうひとつあります。既に報道等で柏の放射能汚染が広く知られるようになっており、いろいろな意味での「風評被害」が起きています。しかし、「風評被害」を非難したり否定したところで、自由経済ではそこから逃れることはできません。「風評被害」とはブランドの毀損に他ならないのです。(当然、損害賠償の対象になるはずです。)根拠の無い安全宣言等も、余計に信用を損なうだけで意味はありません。「風評被害」に対する唯一の可能な解決は、実効的な対策と情報公開を行なって信頼を高めることです。国の基準に従っているだけでは、毀損したブランドを回復することは困難です。

また、本計画案は重要な一歩ですが、震災・原発事故以来約9ヶ月も経って市がようやくスタートラインに立ったということは極めて残念な事実です。この大きな要因として、事態を過小評価する「専門家」の言動に影響されたことがあることは否定できないでしょう。7月8日付の「東葛6市第1・2回空間放射線量測定結果に基づく専門家による見解」中にも極めて不適当な見解が複数見受けられます。このようなミスリーディングな見解によって市の対策が遅れたことの痛切な反省に基づいて、今後は市民の立場で考える専門家や、除染や内部被曝の低減について実用的なノウハウを提供できる専門家から見解を得るべきです。具体例を挙げれば、(本務の関係で柏市の専門家として実際に委嘱することは難しいかもしれまんが)チェルノブイリ事故後、現地で医療活動に携わられた経験のある菅谷昭・松本市長のような方の見解こそを参考にするべきです。

2011年10月31日月曜日

呼吸による内部被曝(核種ごとの評価)

Twitter: @taro_010 さんによる「3/31までの呼吸による内部被曝量」のまとめ http://ow.ly/7dXT を2ちゃんねるから転載。(表の部分は整形しました) いまのところ検算はしておらず、とりあえず転載のみ。(これは高崎のデータによる評価なので、各地域の状況に応じて補正する必要あり)



407 :地震雷火事名無し(dion軍):2011/10/22(土) 19:55:38.47 ID:7lwpU6pg0
>>203 を一部改訂(ちょー亀レスですんません) 
3/12~3/31における呼吸による内部被曝量 

高崎市にあるCTBTのデータより  
3/14 は欠測。核種によっては(99mTc等)、他にも欠測日あり。 
”人体への影響についての測定を目的とするものではなく” とあるので留意を。 

換算は以下に従ってICRP基準で、18歳以上の人で、呼吸量を12[m^3/day]、とした。 

単位はそれぞれ、Bq(uSv) ベクレル(マイクロシーベルト) 


核種 Bq μSv
140Ba 4.26 0.022
134Cs 127 0.84
136Cs 17.1 0.021
137Cs 119 0.55
131I 297 2.2
132I 171 0.016
140La 22.0 0.013
99mTc 22.6 0.0004
129Te 45.1 0.0017
129mTe 297 1.96
132Te 399 0.80

核種によって体内での影響が様々であり、一概にSvで考察するのは何だかなぁと思ったので。 
そんな訳で、Bqも表示。 

我孫子市要望書賛同文

以下は、「我孫子の子どもたちを放射能汚染から守る会」による我孫子市長への要望書   http://ow.ly/7dVzH  に賛同する文書として、要望書とともに提出して頂きました。(2011/10/27 提出)




「我孫子の子どもたちを放射能汚染から守る会」の要望書について
 平成23年 10月27日 
我孫子市長       星野 順一郎 様
我孫子市教育長 中村 準 様
東京大学物性研究所 教授
 押川正毅
学術研究に携わる者として、また地域住民の一人として、標記要望書に賛同致します。
福島第一原子力発電所事故以来、少なからぬ「専門家」や「科学者」が「この程度の放射能汚染による健康被害は無視できる(ので対策の必要はない)」という言説を述べており、政府や地方自治体の政策に影響を与えています。しかし、以下に述べるように、それらは全く道理の無いものです。標記要望書は、放射能汚染にみまわれた地域の自治体の行うべき施策のスタートラインを示したものであり、決して過大なものではありません。住民の健康と幸福を守るために、何卒ご高配をお願いいたします。
・放射線被曝の健康への影響については、明確な閾値(これ以下の被曝であれば無害であるという値)は存在せず、被曝線量に比例したリスクがあるという理解が標準的であり、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告もそれに則ったものになっています。
・このことから、被曝量は合理的に達成可能な限りできる限り低く(As Low As Reasonably Achievable = ALARA)することが原則とされています。
・従って、いかなる基準も、「これ以下は安全である」というものではあり得ず、「この程度のリスクは甘受しよう」というものでしかありません。このような判断は科学者や専門家が勝手に行うべきものではなく、最終的には主権者である国民、あるいは住民が行うべきものです。
・一つの目安として、ICRP勧告では、医療被曝を除いた人工的な放射線による一般公衆の被曝限度は年間1mSvとされており、日本の法律(「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則」(1960年9月30日総理府令第56号・最終改正2009年10月9日文部科学省例第33号)及び「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」(2000年科学技術庁告示第5号・最終改正2006年12月26日文部科学省告示第154号)にも規定されています。
・従って、本来は最悪でも外部被曝・内部被曝の合計で年間1mSv以下とすべきであり、外部被曝のみで年間1mSvを目標とする除染計画も出発点にすぎません。
・「原発事故後の緊急事態なので被曝限度を上げても良い」という言説もよく見られますが、過失のない住民(特に幼児・児童)の健康リスクが高まっている現状を放置することを正当化できる論理はありません。
・ICRP勧告にも、現存被曝状況での参考レベルは年間1mSv~20mSvのうちなるべく低い値に設定すること、参考レベルの設定も含めあらゆる判断は正当化されなくてはならないことが明記されています。「被曝量が◯◯mSvなので問題はない」と専門家や政治家が根拠の乏しい判断を行うことはICRP勧告にも反しています。標記要望書にもあるように、住民も参加した議論のもとで、被曝量を可能な限り低減する施策を行うべきです。
・国が原発事故後に設定した基準や施策に従うだけで良しとするのは、ALARA原則にも反しており、また地方自治の精神にも悖るものです。また、現状の国の施策は国が定めた法律にも反していることが多く、住民との対話に基づいて具体的対応を進めるとともに、国に不備を訴えていくことこそ自治体の使命であると考えます。

2011年9月17日土曜日

9/18 学術会議哲学委シンポ 押川のレジュメ

「科学的な評価」は「正しい」のか?
東京大学物性研究所・教授 押川 正毅

原発事故後の「専門家」からの発言の典型的なものに、「(放射能汚染を)正しく恐れよう」というものがある。もちろん、恐れるにせよ対処するにせよ正しく行うことは結構なことである。しかし、「正しく恐れよう」と言う発言は、ほとんどの場合、実際には「○○の被曝による健康リスクは、科学的には(レントゲン・CTスキャン・飛行機で東京ニューヨークを往復・野菜不足・受動喫煙・等々)と同程度以下であり、従って気にする必要はない」というようなメッセージである。これには、大きくわけて2つの問題がある。
  1. 仮に「専門家」による「科学的評価」が正しいとして、それを根拠に「専門家」が「気にする必要がない」と決めることが適切なのか?
  2. 「専門家」による「科学的評価」は本当に「正しい」のか?
前者の問題については、個人の意思決定が各自のものであることは言うまでもないが、政府や自治体などの政策においても、日本が民主主義国家である以上は意思決定をする主体は究極的には国民全体であることを忘れてはならない。「専門家」の役割は、あくまでも判断の参考になる情報を提供することである。この観点からも、原発事故後の多くの「専門家」の発言、政府発表、報道には問題があったと言わざるを得ない。
しかし、今回の私の報告では、後者の問題、すなわち「科学的評価」が本当に「正しい」のか、ということを中心に議論したい。多くの科学者の発言や、各種の広報や報道は、「科学的評価」が「正しい」ことを暗黙のうちに前提にしているように見える。もちろん、私も科学者の端くれとして科学的方法の強力さは良く知っているつもりだが、原発事故問題に関して「科学的評価」を絶対視することには疑問がある。
まず、原発事故後の社会では、私を含めて専門家・科学者への信頼は失墜していることを認識する必要がある。日本の原発はチェルノブイリと違って安全だったはず、なのであり、「起こるはずがない」事故が起きてしまった現状で、社会が科学、あるいは科学者を信頼することが当然だと考えるべきではない。事故が起き原発が爆発した段階でさえ、「メルトダウンはありえない」「原発から30km以遠は安全」など、誤った評価を発信していた専門家・科学者は少なくない。これだけ「専門家」によるミスリードを目の当たりにすれば、「科学的には被曝による健康リスクはこの程度」という評価もあてにならない、と市民が思う方が自然である。「科学的評価は正しい」ことを当然の前提として発言できる時代は終わった。もちろん、原発事故の進行と、健康リスクの評価は別の問題であるが、原発事故の進行の方がむしろ単純な問題であり、シミュレーションでもかなりのことが実はわかっていた。
実際、健康リスクの科学的評価は難しい問題である。この基本となっているのは広島・長崎原爆の影響調査に代表される疫学研究であるが、原爆や原発事故では正確なデータの収集は難しい。たとえば、広島原爆の影響調査で対照群とされた集団でも実は被爆の影響があったため、被害が過小評価されていたのではないかとの指摘もある。(T. Watanabe et al.,  Environ Health Prev Med. 2008 September; 13(5): 264–270.) 

科学的方法は、同じ条件で多数の実験を行うことができ、またそのような研究が独立な研究グループによる相互チェックを受ける場合には、信頼性を高めることができる。しかし、原発事故による健康リスクの評価については、同じような状況を多数回くりかえし起こして、制御された状態でデータを収集することができない。従って、過去の事例における影響を探ることになるが、これは上記の意味で、物理学の研究よりも、歴史学や考古学に近い難しさがあるのではないだろうか。このような問題では、研究者が査読付きのジャーナルに発表したデータのみに立脚する(狭義の)「科学的方法」には限界がある。ジャーナリズムによる資料として活用し、史料批判に代表される歴史学的な観点や方法なども導入するべきである。

9/18(日)午後@東大本郷 日本学術会議哲学委シンポジウム

日本学術会議哲学委員会 公開シンポジウム
「原発災害をめぐる科学者の社会的責任――科学と科学を超えるもの」
詳細は⇒ URL http://ow.ly/6sQmr

日 時:9月18日(日)13:00~17:00 (開場 12:10)

場 所:東京大学法文2号館文学部1番大教室 
(スペースに限りがございます。会場に入りきれない場合は何とぞご容赦下さい) 
一般公開、入場無料、事前申し込みは必要ありません。 
〈プログラム〉 
司会 金井淑子(立正大学文学部/倫理学) 
13:00~13:10 開会挨拶 
野家啓一(東北大学理事、日本学術会議哲学委員会委員長/哲学) 
13:10~15:10 報 告(各パネリスト20分) 
唐木英明(元東京大学アイソトープ総合センター長・獣医薬理学)
小林傳司(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター/科学哲学、科学技術社会論) 
押川正毅(東京大学物性研究所/理論物理学) 
鬼頭秀一(東京大学新領域創成科学研究科/環境倫理学) 
島薗 進(東京大学人文社会系研究科/宗教学) 
15:10~15:30 休 憩 
15:30~16:50 全体討議 
16:50~17:00 閉会挨拶 
丸井浩(東京大学人文社会系研究科、哲学委員会副委員長/インド哲学)